人材育成の問題解決 ~行動分析学のすすめ~ |
先般ある企業で管理職を対象とした 『サービス残業問題』 についての研修を担当した。昨今、売上がなかなか上がりにくい状況の中、企業としてはコスト削減に動くことは当然であるが、その一貫として残業の削減を実施することは理にかなっている。“ライフワークバランス” の観点から言っても推進されるべきものであろうし、第一、世の中の潮流を見るならば避けて通れないことである。しかしながら、残業削減の結果がサービス残業につながるということになれば問題である。 その企業の人事担当者は、社員からちょっとした不満を聞いたのがきっかけで実態調査に乗り出したところ、50%以上の社員がサービス残業をしているということを掴み、是正に乗り出したのである。50%の数字が多いか少ないのかは別にしても、「上司から残業をするな! と言われる。」「残業をすると言うと、何がそんなに忙しいの? と聞かれる。」などの不満の声があることは事実であった。もちろん、会社から管理職に対して「ムダな残業は減らすように」との指示は出ているので、管理職としてもその意向に沿ったマネジメントを行うため、部下の残業については敏感になっている。しかし一方で、会社としては「やった残業代についてはきちんと支払う」ということも同時に指示を出しているので、人事担当者としては、管理職の意識と部下に対するコミュニケーション不足の問題であると認識し、管理職研修の開催ということになったのである。
しかしながら、実際の研修での管理職の意見を聞くと、多少の違和感があったのである。と言うのも、残業削減を強要しているというよりは、殆ど野放しに近い状態だったのである。唯一行っていることと言えば、「残業を出来るだけ減らすように」という会社の方針をそのまま伝えているだけである。これはこれで問題であり、人事担当者の予測通り、コミュニケーション不足であることは明らかであった。しかし、サービス残業の実態は、どうやら、管理職が強要するというよりは、部下が勝手に思い込んで行っていることの方が多いのではないかということである。そうなると、「管理職としてはきちんと労働時間管理を行うように」、「きちんと報告させるように」、「仕事の配分を見直すように」、「やった分はきちんと支払うことを伝えるように」と、通り一遍等の解決策しか思い浮かばないのが実態である。 しかしながら、事の問題は、「そもそも、何故、そのような行動を部下はとるようになったのか」 ということである。もちろん、通り一遍等の解決策も実践することは必要なのであるが、部下行動にメスが入らなければ問題の本質的な改善には結び付かないではないだろうか。仮に、サービス残業に対する一定の改善があったとしても、新たな問題がまた浮上することになりかねないのではないかと思われる。 この問題は、上位者と部下との関係性から生まれているものであり、確かにコミュニケーションと言えばその通りなのであるが、もう少し奥深いものが潜んでいるように感じる。
世の中には “行動分析学” という学問がある。これは米国の心理学者であるバラス・スキナー氏(1904年~1990年)が創設したものであり、人間も含めた動物は、「何故そのような行動をとるのか」ということを研究したものである。現在では幅広い分野に応用されている。行動分析学の概念は、文字通り人間または動物などの行動を分析する学問であり、「環境を操作することによって行動がどれほど変化したのか」ということを実験検証し、行動の原理や法則を導き出すものである。 サービス残業の問題も、この行動分析学から言えば、上位者が部下に対して、何らかの影響を及ぼし、部下の行動を変容させている可能性があると考える。例えば、部下から残業の申請があった時、何気なしに「残業するのか?」とフィードバックを与えることで、もともと残業申請をすることに心理的抵抗があった部下からしてみれば、あまり心地の良くないフィードバックである。上司は特に意味があったわけでなく、嫌味のつもりで言ったものでもない。本当に単純に口から素直に出た言葉であったとしても、部下に対する心理的影響は強いのではないかと思う。部下に対して報告連絡相談を強要する上司が、実際に部下から報告連絡相談があった時に、何かのマイナスの反応があれば、部下の報告連絡相談の行動は停滞する。何か良いアイデアを出せと言う上司が、実際に部下からアイデアが出た際にケチをつけることになれば、部下のアイデア創出の行動は停滞する。
行動分析学において、60秒ルール というのがある。 なるほど! である。 上位者が部下に対して、「何をどのような言い回しでフィードバックするのか」 ということは、部下行動に対する影響の大事な要素ではあるが、さらに大事なことが、「いつ伝えるのか」 というタイミングの問題 である。行動分析学では、そのタイミングが、60秒以内でないとあまり意味を持たないとされている。 自分としてはさしたる考えもなく、特に意図することもなく、相手に普通に伝えたつもりが、あまりにもタイミングが良すぎて、次の行動に対する影響を大きく与えていたとするならば、過去の自分自身の行動を振り返ってみて、 納得できるところもあるように思われる。 子どもの頃、親に言われたことを妙に覚えているものがある。親は忘れているのだが、自分としては妙に覚えているものである。親からの何気ない一言ではあったが、そのような一言は、今でも自身の行動に影響を与えているのかも知れない。
<行動分析学に関する図書> 行動分析学入門(集英社) 行動分析学入門(産業図書) 行動分析学マネジメント(日本経済新聞出版社) パフォーマンス・マネジメント(米田出版)
テーマ:組織の人材育成 - ジャンル:ビジネス
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人材育成の問題解決 ~上司への教育~ |
最近、ある組織の人事制度構築を手がけているのだが、360度評価や180度評価などの多面評価を取り入れようかどうか迷っている。 個人的には、このような多面評価はあまり好きではない。何故ならば、日頃あまり接することのない方々が評価をするということ自体、“評価のための評価” に陥ってしまい、本来の人事制度の目的である “人材育成” という観点から乖離するのではないかという危惧を感じるからである。仮に、管理者に対して部下が評価するという内容であっても、(つまり、被評価者のことをよく理解している人が評価を行う。) 恣意的な要素が入ったり、評価されるのを恐れて本来のマネジメントがやりにくくなったりするのではないかとの危惧も感じる。 しかしながら、このような コミュニケーションの機会は大事だとも感じる。 管理者としてはつらい部分もあるだろうが、自身のマネジメント行動が適切であるのかどうかを知る・気づくには、その受け手の当事者である部下からの意見は貴重であるし、具体的成果とともに、行動修正の一助である ことは間違いの無い事実だと思う。 ただ、殆どの場合は、素直に部下の意見を聞き入れる管理者はいないのではないかと思う。たとえ制度化されていたとしても、表面上聞いているだけで、心の中では自己保身の理屈を構築するのに一生懸命であり、自身の正当性、状況の特殊性を模索するのではないかと思う。仮にうまく模索できなくても、最後には開き直りという手立てもある。
このように考えると、部下から上位者に対するアプローチは成り立たない、多面評価などには意味がないのではないかと思うのである。しかし、それでもマネジメントのまずい上位者は実際に存在するのも事実である。このような上位者についた部下は、それこそ “嵐の過ぎるのを待つ” “水戸黄門のような印籠を期待する” という心境であり、下手をすると 『ビジネス人生の数年間は棒に振る』 ということにもなりかねない。もっと言うならば、大組織であれば数年で済むかも知れないが、中小企業の場合、それこそ 『相手が辞めるか、自分が辞めるか』 の究極の選択を強いられることもある。これは組織にとってもお互いにとっても不幸である。 ならば何らかの制度(役職任期制やリーダーズインテグレーションなど)を導入する意味もあるのだと思う。
このようなことを思い巡らしている時に、ある企業の中堅社員と話をする機会があった。その社員の上司は、正直に言ってあまりマネジメントがうまくない。自分の勝手な思い込みや判断が先行し、人の意見にはあまり耳を傾けない。まさに独裁的である。気に入らないことがあればあたり散らし、機嫌が良ければ途端にやさしくなる。しかし仕事はできる人であり、個人成果だけを見れば、誰一人部下はかなわない。言ってみれば鬼軍曹といったタイプである。社員の対応は予想通り端的である。上司がいなければ羽を伸ばし、上司がいれば縮こまる。当たり前である。とにかく逆鱗に触れないようにするのである。 しかしこの中堅社員はそのような状況が耐えられなかったのである。そして勇気ある行動に出た。上司に対して、芳しくない点を適宜伝えることにしたのである。まさに、自分が上司を教育しようと決心したのである。 ただ、その伝え方がおもしろい。上司に向かって、「課長。今の○○ですが、本来、彼のやる気を引き出すには○○の方が良いのではないかと、私は思います。でもまぁ、人それぞれですので別にいんですけどね。」と伝えるのである。 彼曰くポイントは、「私は思います。」と目一杯強調し、さっと、「別にいんですけどね。」と軽くいなす のだそうである。ある心理学の応用なのだそうだが、経験的にも自分なりに実証して行っているとのことである。言ってみれば、ボクシングのジャブの連発なのだそうであり、こちらのスタンスと内容に矛盾がなければ、徐々に効いてくるのだそうである。
なるほど! 確かに、真っ向勝負では分が悪い。それこそ大振りのストレートを打とうものなら、たとえヒットしても後からの反撃には耐えられない。ジャブを連続して打ち続けることによって、徐々に相手にダメージを与えるということなのだろう。決してボクシングをやっているわけではないので、比喩表現としては不適切だが、何となくわかるような気がする。実際、彼が言うには、嬉しいことに徐々に行動に変化が生じてきているのだそうである。因みに、変化した行動が、以前自分が言ったことであった時は必ず、「課長。今の件、私もそうします。流石ですね。」と伝えるのだそうである。この言葉だけを単純に聞くと、「何を偉そうに。」となるのだろうが、それまでのジャブが効いているので、そのような事にはならないのだそうである。 最後に彼は、「ただ我慢するという選択もありましたが、それだと何も起こらないことはわかってました。だからどうせならと思い、行動を起こすことにしたんです。でも決断するまでには1年以上悩みましたよ。」 と言っていた。 まだ “道半ば” ということであったが、彼の発展を心より祈るばかりである。
テーマ:組織の人材育成 - ジャンル:ビジネス
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人材育成の問題解決 ~役割マップ~ |
先日、ある企業においてユニークな研修をやっていることを知りました。それは “役割マップ” というもので、社員の組織的な役割を、マップにして見える化するものです。対象は、入りたての新入社員から管理職手前のベテラン社員までと幅広く対応できるそうです。 そもそも、この研修の走りは、日常業務の中に埋没してしまい、長期的かつ全社的な視点で物事をみることがなかなかできない。つまり、組織において自分というものが、「どのような位置づけになっているのか。」 「どのような関係の上に成り立っているのか。」 という事項を見出していくことを目的として初められたそうです。 昨今は、“マインドマップ” に端を発して、“見える化” の後押しもあってか、『○○マップ』 という手法が何かにつけて目に付く機会も増えたが、この役割マップというのも、その一部であることは間違いないようである。 しかしながら、個人的な意見として、この 『○○マップ』 という手法は“侮ること無かれ” である。そもそも人間の思考というものはある意味いい加減である。考えているようでも考えていない。ということはよくある話である。考えたつもりでもヌケモレがある。ということもある。実際に考えたことを紙とペンを使って目の前に表すということはとても有意義だと思う。紙とペンを使うというのは昔ながらのやり方であるが、実際にやって見ると、頭の中が整理できるのは当然として、時には自身のモチベーションが高まっていくのを感じる時もある。何かしらの脳内ホルモンが分泌されるのだろうが、大脳生理学的に言っても十分に効果があると私自身は信じている。
さて、役割マップであるが、やり方は至って簡単である。A3くらいの大きな紙を用意し、まずは自分自身を真ん中に位置づける。そこから自分自身の仕事がどのように関わっていくのかを、いわゆるフローチャートのように書き加えていくのである。フローチャートといっても、きちんとした形にするのでなく、縦横無尽に付け加えていくのである。付け加えていく項目には、補足の説明、実際に担当する人の名前、部門や部署名も付け足していく。つながりを表す矢印には、期間なども入れると時間軸も見据えたマップが出来上がる。また、仕事だけでなく、組織的な役割も記入する。単純なところでは、上司に対する報告連絡などである。最初は悪戦苦闘するが、様々な角度から考え抜くことで、なんとかそれなりの格好のマップはできあがるようである。とどのつまり、このようなマップは、完成形を作ることが目的ではなく、このワークショッププロセスを通して、自分自身に気づきを与えることが狙いである。そのような意味では、考え抜くことが重要であることは言うまでもない。ただちょっとしたコツがあるとすれば、仕事や組織的役割を、大きな塊として捕らえるとうまくいかないようである。いわゆる課業以下のレベルで細かく洗い出しをして考えることが必要なようである。
さて、「このワークショップが何の役に立つのか。」であるが、もちろん、自分自身に気づきを促すことが大きな狙いではあるが、問題は「どんな気づきを促すことができるのか。」ということである。人によっていろいろな気づきがあって良いのだが、この手法を研修として導入している企業担当者は、「一番大きな気づきの期待は、人に対する猜疑心の払拭です。」と言っていた。猜疑心とは、「今のような不景気になると、何故か、自分だけが苦労をしている。自分だけがやっている。というように考える社員が多く見られるんです。なかなか思うように成果が出ないことからくるのだと思いますが、皆、それなりに頑張っていることは事実ですが、売上の低迷が続くと、ちょっとしたことでもお互いの粗が目に付くようです。もちろん都度話し合いをしてお互いの立場を理解し合ってくれれば良いのですが、もともとのベースがないので、思うようにはいかないようです。そこで、この手法でベースをつくり、そこからさらなる話し合いを進めていくことで、お互いの深い理解のきっかけとして欲しいのです。実際の進め方は、研修というほどの大掛かりのものでなく、各部署に私自身が出向いて、業務終了後にお時間をいただいている状況です。もちろん最初は嫌がられるんですけど。ただ、いくつかの部署でやってきた状況では、チームとしてのまとまりができつつあるように感じます。今後さらに続ければ、もっと大きな成果が生まれそうな気がしますので、もうしばらく頑張るつもりです。」ということであった。
なるほど! 今のような不景気な状況になると、通常通りにやっていてはなかなか成果が生まれない。かと言って、通常以上のものをやったら簡単に成果が生まれるのかというと、正直それも怪しい。世の中はそれほど甘くは無い。では通常以上のものをさらに上回るくらいのことをやれ、ということになると、もはや精神論の世界になる。そうなると、「何で自分だけが・・・」ということに陥ってしまう。 突破口は、個人の努力でなく、一致団結したチームとしての機能であり、チームとしての相乗効果であると思う。このチーム力を高めていくことに、“役割マップ” は寄与するのではないかと思うのである。
テーマ:組織の人材育成 - ジャンル:ビジネス
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